根本和馬の3大特徴
・弊社経営コンサルタント第1号。
社員として弊社の歴史を誰よりも長く知っている。
・スタッフ教育、チーム活性化に定評あり。
(新人育成塾、新人研修メイン講師)
・2010年より、活動の幅を内科を中心とした医科業界にも進出中。
【略歴】
2005年5月から、日中は病院勤務、夜は経営戦略研究所で事務のアルバイトをするという生活を3ヵ月続けた後、2005年8月、経営戦略研究所の正社員第1号として入社。
2006年1月から本格的に営業活動とコンサルティングを開始し、わずか3ヵ月で15件のクライアントを抱えるに至り、8月からは1ヶ月で20件以上のコンサルティングを行なっている。2006年7月5日に転職雑誌『B-ing』の“転職成功物語”というコーナーに紹介されるなど、今最も旬な『経験ナシからの経営コンサルタント転職成功者』として注目を集めている。
◆2007年4月『歯科医院新人スタッフ研修』を発表。わずか3年あまりで、受講者が1,300人以上という超人気セミナーとなった。
◆2008年4月『歯科医院新人スタッフ育成塾』を発表。200人以上の「仕事美人」をわずか1年で育成した。
◆2008年4月、セミナー講師が医院にお伺いするという出張型セミナー『歯科医院プロフェッショナルチーム育成セミナー』を発表。チームワーク作りにも定評がある。
◆2008年、2009年の弊社年末研修にて経営戦略研究所『ベスト・コンサル賞』(経営戦略研究所コンサルタント担当で、もっとも、会社への貢献、お客様への貢献、仲間への貢献が素晴らしかったメンバーに贈呈される賞)を受賞。
◆2010年より弊社コンサルタントで唯一、2010年から内科を中心とした医科コンサルティングを実施中。
根本和馬をもっと詳しく知りたい方へ
人と人との「和」を大切にし、幕末の志士、坂本龍「馬」のような人物になってほしいという、両親の願いが込められて、私、根本和馬は誕生しました。姉がおりましたが、初めての男児という事で、両親は私の誕生をとても喜んだと後に聞かされました。
そんな両親の喜びも束の間、私は2歳の時から「気管支喘息」を発症する事になりました。“喘息”というと「身体が大きくなるにつれて、自然と治っていく」というイメージがありますが、私の場合は最後に入院したのが20歳の時ですから、そこから考えても結構重い症状だったのではないかと想像出来ます。
とにかく2歳から成人になるまでは、とにかくこの病気に苦しめられたという印象が強く残っています。喘息の発作は特に夜に起こる事が多く、しかも発作が始まると、とても眠れる状態ではなく、身体を横にするだけでも辛いので、ベッドから起きて、机に突っ伏してひたすら発作が治まるのを待つという、そんな過酷な生活を送っていました。今振り返っても、よく生き延びてきたと思います。
上記の理由から、特に幼少期はあまり身体を動かす事に積極的になれず、本を読んだり、絵を描いたりなど、家で過ごす事が多かったように思います。振り返れば、確かに友達もいたと思いますが、いつも心のどこかでは「僕は人とは違う身体を持っているんだ」と、常に他人に対してコンプレックスを抱え、自ら殻に閉じこもっていたと思います。そんな訳で、昔を振り返ると、結構一人で過ごした期間が多かったように記憶しています。そうやって自分を守ってきたのかも知れません。
発作が始まると、父親の運転する車に乗せられ、救急外来に行き、そこで吸入処置を受け、それで軽減すれば帰宅出来るし、軽減しなければ、そのまま小児科に入院するという状態でした。私は私で発作時は自分の事で精一杯でしたが、今、改めて振り返ってみると、本当に両親は私を育てるのは大変だっただろうなぁと思います。
しかし言葉にせずとも、両親の疲労や苦労は私にも十分伝わりました。そのような両親の姿を見れば見る程「生きていく上で、誰かに迷惑をかけてはいけないんだ。もっと自分がしっかりしなければ」という気持ちが強くなっていきました。私の「自己の強さ」と「“超”がつくほどの負けず嫌い」のルーツはここにあると思っています。
私の中で転機が訪れたのは、大学に通うためにひとり暮らしを始めた時からです。「いよいよ何でも自分でこなしていかなくてはならない」という緊張感と覚悟がそうさせたのか、喘息の症状がみるみる改善されていきました。今でも念のために定期的に薬は処方してもらっていますが、結局20歳の時に最後の発作を起こして以来、今日に至るまで、大きな発作は一度も起きていません。
大学が心理学科に所属していた事と、幼い頃から病に苦しんでいた経験があるので「身体が弱っている人の助けになりたい」という動機で、病院勤務を志しました。しかし、大学で4年間学んだ程度では病院勤務出来る職種がなく、「精神保健福祉士」(一応、国家資格なんですよ)という資格を取得するために、大学卒業後1年間、専門学校に通い、受験資格を得て、見事合格しました。
専門学校卒業後は、横浜にある認知症(かつて“痴呆”と呼ばれていた病気です)を専門に取り扱う精神科病院に、カウンセラー兼入退院をサポートする相談員として就職しました。
晴れて医療従事者として社会人生活をスタートしましたが、実は「精神保健福祉士」という仕事は医療業界で働く人にとっても、とてもマイナーな職種で、同じ病院で働いている人にさえも「この人は、一体どんな仕事をする人なんだろう?」と思われていたので、なかなか自分が学校で学んできた事を発揮出来ず、思い悩む事も数多くありましたが、それでも「初めて正社員として働いた職場だから、どんな事があっても、3年間は続けよう」という思いで仕事をしていました。
実際に医療業界で働いて痛感したのは「特に医療界は、新しい事や改革、変化を嫌う業界である」という事です。と言うのも、一応愛社精神(?)の強い私は「この制度をこう変えたら、もっと病院にとっても、働いている人にとっても良いんじゃないか?」と感じたら、休日出勤したり、そこで得た気づきを元に、徹夜でパソコンでレポートを作り、相談室長や総務課長、看護部長に提出するという事をやっていたのですが、本来このようないわゆる「業務以外の取り組み」を実践すれば、「病院の事を考えてくれる人材」と評価されるものだと思っていましたが、結局私が相談室長や総務課長、看護部長が受けた評価というのは、おそらく「色々面倒な事を言ってくる、お騒がせ人材」みたいな評価だったのではないかと思います。実際に院長から「君達はまだまだ若いし、君達の主張の80%は間違っているのだから、上司の言う事をやっていれば良いのだよ」と言われた事もありました。この言葉は今でもハッキリ憶えています。それ位ショックでした。
「結局、内部から病院(医療界)を変えていくのは難しいのかも知れない。それであれば、外部から医院が発展していくためのアドバイスや提案が出来るような、仕事に就いたらどうだろうか?」
私が医療従事者でありながら、経営コンサルタントを志した理由はここにあります。
このように考え出してから『素人でも分かる経営』のような本を読みながら、自己学習を続ける一方で、経営コンサルタントとして転職出来る会社などを、インターネットを中心に探すようになりました。
そして2005年5月、経営戦略研究所の求人広告と出会い面接を受け、無事採用となりました。
最初はアルバイトとして、セミナー運営のサポートや、DMの発送作業、パッケージ商品作りなどを中心とした事務仕事のサポートをし、3ヶ月後の2005年8月、経営戦略研究所の第1号社員として入社、現在に至ります。
本格的に経営コンサルタントとして活動を開始した、2006年1月から現在までの間に、実に数多くの院長先生、スタッフの方々とお会いしてきました。今の私があるのは、これまで出会ってきた方達からの多くの教えやアドバイスのおかげです。
「経営コンサルタント」と言っても、いきなり短期的に業績アップや、医院改革に着手出来るほどのスキルがある訳ではなく、数多くの失敗を繰り返してきました。全ては私の力不足が源泉でしたが、突然のコンサルティングの終了や、クライアントスタッフの退職、などの悲しみや苦しみ、悩みの積み重ねの中に、今の私があります。
おかげさまでこれまでの数多くの失敗や学びによって、今ではその医院の悩みを2時間程度ヒアリングさせて頂く事で、具体的な改善案や取り組み内容、どのようなツールを使えば良いのかという事が短時間の中で導き出されるようになっていきました。その結果、
A歯科医院の場合
2006年4月 定期支援開始 開始当初の月間医業収入…約670万円
2008年4月 定期支援開始2年後の月間医業収入…約1,150万円
B歯科医院の場合
2006年6月 定期支援開始 開始当初の月間医業収入…約900万円
2008年6月 定期支援開始2年後の月間医業収入…約1,800万円
C歯科医院の場合
2007年11月 定期支援開始 開始当初の月間医業収入…約600万円
2008年6月 定期支援開始半年後の月間医業収入…約900万円
このような成功医院を生み出していく事が出来るようになり、2008年、2009年の弊社年末研修において『ベスト・コンサル賞』(経営戦略研究所コンサルタント担当で、もっとも、会社への貢献、お客様への貢献、仲間への貢献が素晴らしかったメンバーに贈呈される賞)を受賞出来る程までに成長する事が出来ました。
「コンサルティングを通じて、医療業界に携わっているひとりでも多くの人に、仕事のやりがいを感じて頂き、それが結果的に医療業界全体の活性化に繋がる。そして他業種の人から見て“医療業界で働いている人達って、生き生きと仕事をしていて良いよね”と目標にするような業界に、コンサルティングを通じて導く」
私が理想として描いているのは、このような好循環を描くコンサルティングをしていける事です。
そのために毎日日本全国を駆け巡りながら、日夜クライアントの皆様と共に奮闘、さらにその熱い想いを医科業界にも伝導すべく、弊社コンサルタントで唯一、2010年から内科を中心とした医科コンサルティングを実施中です。
ここまでの長文、お読み頂きましてありがとうございました。
あなたと共にこれからも成長していけること、とても嬉しく思います。
mixi日記も更新中!ニックネームは 和馬@経営コンサル です!
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